久野 宗朝(くの むねとも)は、戦国時代から安土桃山時代の武将。徳川家康の家臣である。

経歴

天正10年(1582年)の徳川家康の伊賀越えに随行している。

父・久野宗能が老齢となったため跡を継ぎ、従五位下民部少輔に叙せられた。

慶長元年12月5日(1597年1月22日)、徳川秀忠に供して京に滞在していた際、私怨により三宅正次を殺害して自刃し、改易処分となった。

脚注

参考文献

  • 高柳光寿『戦国戦記 本能寺の変・山崎の戦』 春秋社 1958年
  • 太田亮「国立国会図書館デジタルコレクション 久野 クノ」『姓氏家系大辞典』 第2、上田萬年、三上参次監修、姓氏家系大辞典刊行会、1934年、2105-2106頁。全国書誌番号:47004572。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1130938/145 国立国会図書館デジタルコレクション。 

【CSZ008】久野城跡

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久野宗政とその周辺

歴代に就いて 久田流(両替町久田家)

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